毎日新聞 2008年6月1日 東京朝刊 より
柴田真理子記者記名記事

虐待救ったシェルター

■弁護士が盾になり助言…夢へ踏み出す

 親の虐待などで今すぐ家を出たい、でも行き場がない。10代半ばを過ぎた子どもたちのそんな切実な願いに応える場所がある。弁護士らが運営する緊急避難所「シェルター」だ。シェルターに救われ、自分の人生を歩みだした一人の女性の姿を伝えたい。【柴田真理子】

 智子さん(21)=仮名=が19歳の冬、家出をほのめかす知人あての手紙を書いていたら、母に見つかり、全身を殴られた。暴力は、小さいころからの日常。恐怖心を植え付けられ、ずっと反抗できなかった。だが、このとき、初めて母を突き飛ばした。
 「何で暴力を振るうんだよ」と怒った母に、「ママがやってることは何?」と言い返した。母の答えは「ママがやっているのは教育。おまえが悪いことしなければいいんだよ」。「もうダメだ」と思い、靴も履かずに家から飛び出した。3日後、知人が見つけた東京都内のシェルター「カリヨン子どもの家」に身を寄せた。「やっと自由の身になった」
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 母は2歳のときに父と離婚。再婚したが、その父も数年後に姿を消した。母には、部屋が散らかっているだけで平手打ちされた。高校に入学するころ、母はうつで働けなかった。生活保護の手続きはすべて智子さんがやった。でも母は「もっとちゃんと聞けないの」と怒り、息もできないほどおなかを殴った。
 母が再び再婚。智子さんは引っ越しで高校を1年で退学し、家族6人分の家事をさせられた。夜は高校卒業程度認定試験の勉強に没頭。睡眠は3時間だった。その後、母が離婚。智子さんと妹が働いて生活を支えたが、運転免許証、給料、携帯はすべて母が握った。
 このころ、男性と付き合い始めた。それを知った母の暴力はエスカレート。服を脱がされ、髪の毛を切られた。「自分は19歳。職もある。今なら家を出られる」と思った。
 児童相談所では「保護対象ではない」と、家庭内暴力に悩む女性のための行政施設を紹介された。しかし、「逃げてきても1週間しかいられない」と告げられた。生活保護の世話をしてくれた市議に相談すると、こう言われた。「親権より子どもの人権が優先される」。その言葉は智子さんの背中を大きく後押ししてくれた。
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 カリヨンでは3週間、スタッフとしゃべったり、公園に行き、「生まれて初めてのんびり過ごした」。弁護士が、母から免許証や通帳などを取り戻してくれた。ある朝、手際よく朝食を作っている智子さんをみて、カリヨンを運営する社会福祉法人「カリヨン子どもセンター」理事長の坪井節子弁護士(54)が言った。「今まで頑張ってきて、こんなに何でもできる。勉強したいなら、進学しなさい」
 自立援助ホームで暮らし、学費をためた。昨年4月、都内の私立大学法学部の2部に入学。アルバイトで生活費を稼ぐ。虐待、家出、大学進学。すべてを支えてくれた男性と、今は共に暮らす。「もう駄目だと思っても頑張っていれば必ず誰かが助けてくれる」。絶望のふちから救われた智子さんの実感だ。


■18歳以上や緊急時にも対応
 シェルターは、法律に定めのない民間施設で、カリヨン(窓口は東京弁護士会子どもの人権救済センター・子どもの人権110番03・3503・0110)▽NPO法人子どもセンター「パオ」の丘のいえ(愛知県、052・931・4680)▽NPO法人子どもセンター「てんぽ」(横浜市、045・477・5821)の3カ所。

 カリヨンの坪井理事長は「虐待を受けた子の逃げ場所として、公的施設の一時保護所や児童福祉施設があるが、緊急の対応が難しかったり、18歳以上で児童福祉法の対象外の場合などはシェルターが受け皿になる」と話す。親権が絡むこともあり、弁護士が盾となる。補助金はなく、寄付金や助成金で運営。カリヨンの場合、年間1000万円ほどの寄付で成り立っている。


■電話相談もある。社会福祉法人「子どもの虐待防止センター」(03・5300・2990、平日10〜17時、土曜日10〜15時)、NPO法人「児童虐待防止協会」のキッズライン(0120・786・810、第1、3土曜日14〜19時)など。